トカゲ類における肋骨性換気と体幹運動の構造的関係
―呼吸器官としての肋骨から「陸脊法」を考察する
フィジカリストOuJi
身躰構造學研究所
要旨
本稿は、トカゲ類にみられる肋骨運動を伴う肺換気と体幹運動との関係を、身躰構造學の観点から考察するものである。哺乳類では横隔膜が主要な吸気筋として機能するのに対し、多くのトカゲ類では肋間筋を含む体幹筋群によって肋骨を運動させ、胸郭容積を変化させることが肺換気の主要な機構となる。グリーンイグアナでは外肋間筋および内肋間筋が吸気に関与することが筋電図学的に示されており、サバンナオオトカゲでは真肋のみならず浮肋を含む背側肋骨が換気運動に参加することが三次元X線運動解析によって確認されている。
一方、トカゲ類の肋骨および脊柱は呼吸だけに用いられる構造ではない。歩行時には脊柱の側方運動とともに肋骨にも三次元的回旋が生じることが報告されており、同一の体幹構造が換気と移動の双方に関与している。
本稿では、この事実を「呼吸器系」と「運動器系」という別個の機能分類に還元せず、胸椎・肋骨・肩甲骨を含む体幹構造の運動として捉え直す。その上で、身躰構造學における陸脊法を、単なるトカゲ歩行の模倣ではなく、陸上脊椎動物において顕在化した胸郭運動を人間の身体操作へ再構成する試みとして位置づける。
キーワード: トカゲ/爬虫類/肋骨/胸椎/胸郭/肺換気/肋間筋/陸脊法/身躰構造學
一.はじめに―なぜ陸脊法はトカゲなのか
身躰構造學における「脊椎原初三傳」では、脊椎動物の運動を魚類、爬虫類、四足獣という異なる身体構造から捉え、水態・陸態・獸態として身体操作へ展開している。そのうち陸脊法で対象とするのが、トカゲに代表される爬虫類型の体幹運動である。
ここで問題にしたいのは、トカゲの外形を人間が模倣することではない。
トカゲの身体では、陸上で肺呼吸を行うことと、四肢を用いて移動することが、胸椎・肋骨を含む同一の体幹構造上で成立している。
この事実に注目する必要がある。
多くのトカゲ類では、哺乳類の横隔膜に相当する主要な換気機構ではなく、肋間筋その他の体幹筋によって肋骨を運動させ、胸郭容積を変化させることで肺を換気する。グリーンイグアナを対象とした研究では、吸気時に外肋間筋および内肋間筋が活動し、呼気には別の深部体幹筋が関与することが示されている。
したがって、トカゲの肋骨は肺を囲む静的な「籠」ではない。
肋骨そのものの運動が換気を成立させる。
陸脊法において肋骨を重視する第一の理由は、ここにある。
二.肋骨性換気―肋骨はどのように肺を換気するのか
肺への空気の流入には、肺を収める空間の容積変化が必要になる。
トカゲ類では、肋骨の回旋によって体腔の形状と容積を変化させることが、その主要な機構の一つとなっている。
サバンナオオトカゲをXROMM(X-ray Reconstruction of Moving Morphology)によって解析した研究では、換気中の肋骨運動が単純な一軸運動ではなく、いわゆる bucket-handle、pump-handle、caliper motion に分解できる三次元的な回旋として生じることが確認されている。更に、この研究では背側の肋骨が広範囲に換気へ参加していた。
つまり、「肋骨で呼吸する」という表現を、単に胸郭が膨らんだり縮んだりするという外形変化として理解しては不十分である。
実際に起きているのは、個々の肋骨と椎骨との位置関係の変化である。
肋骨が椎骨との関節部を介して回旋する。その複数の肋骨運動が重なることで胸郭全体の容積が変わり、肺への空気の流入・流出が成立する。
したがって、呼吸を身体構造から記述する場合、「胸を広げる」という結果ではなく、どの肋骨が、どの方向へ、どの程度運動した結果として胸郭容積が変化したのかを問わなければならない。
三.胸椎は呼吸と無関係な「柱」ではない
肋骨の運動を考える時、胸椎を切り離すことはできない。
肋骨は胸椎と関節しているからである。
したがって、肋骨運動とは肋骨だけの問題ではなく、胸椎と肋骨との相対運動として考える必要がある。
トカゲの歩行では、この関係が更に明瞭になる。
多くのトカゲは四肢を外側へ張り出した姿勢で移動し、歩行時には軸性骨格の側方運動を利用する。XROMMを用いた研究では、歩行中、椎骨だけでなく肋骨も肋椎関節を介して明確に回旋しており、測定された肋骨では複数方向の回旋を合計して8〜17度程度の運動が確認されている。
ここから重要な事実が導かれる。
トカゲの胸郭は、呼吸する時だけ動くのではない。歩く時にも動く。
即ち、胸椎・肋骨を含む構造は、換気装置であると同時に移動運動にも参加している。
「呼吸器」と「運動器」という分類は、機能を整理する上では有用である。しかし、実際の身体では同一の骨・関節・筋が両方の機能に関与しうる。
陸脊法では、この重複を重視する。
四.呼吸と歩行は、同じ体幹構造を使用する
ここで、トカゲの身体に一つの構造的問題が生じる。
呼吸にも肋骨を使う。歩行にも肋骨・脊柱を使う。
では、両者は同時に成立するのか。
実際、トカゲ類では運動速度の上昇に伴って肺換気が制約される現象が報告されている。古典的研究では複数種のトカゲで歩行・走行中に換気量が低下することが示され、その後の研究でも移動と換気の間に干渉が生じることが確認されている。
これは重要である。
同じ体幹筋群・肋骨系を二つの仕事に使用する以上、呼吸運動と移動運動は完全に独立しているわけではない。
更に興味深いことに、トカゲの歩行時に観察される肋骨運動には、換気時の肋骨運動と類似した特徴がある。この類似性から、移動に伴う肋骨運動が、羊膜類における肋骨性吸引換気の進化的前段階となった可能性も提案されている。
したがって、「トカゲは肋骨で呼吸する」という事実は、呼吸法だけの問題ではない。
呼吸と移動が、肋骨という同じ構造上で交差している。
ここに陸脊法を考える上での重要な論点がある。
五.陸脊法における肋骨運動の意味
陸脊法では、トカゲの姿勢そのものを再現することを目的としない。
着目するのは、陸上脊椎動物の身体において、脊柱だけではなく肋骨を含む胸郭が運動へ参加しているという構造である。
人間では、日常的な歩行を「脚の運動」として認識しやすい。
しかし、脊椎動物の進化を遡って身体構造を見ると、移動は必ずしも四肢だけで完結していない。トカゲでは脊柱の側方運動、肋骨の回旋、四肢運動が同一の移動周期の中で関係している。
ここから陸脊法では、人間の運動に対して一つの問いを立てる。
人間は、胸椎と肋骨をどこまで「動く構造」として使えているのか。
この問いは、「胸を張る」「胸郭を柔らかくする」といった外形的な指示とは異なる。
対象となるのは、胸椎と肋骨それぞれの骨運動、および両者の相対運動である。
そして肩甲骨が胸郭上に位置する以上、この問題は更に肋骨と肩甲骨との相対運動へ接続する。
6.考察―「肋骨呼吸の元祖」をどう捉えるか
講義では、トカゲを「肋骨呼吸の元祖」と表現している。
これは陸脊法の考え方を端的に示す表現としては有効であるが、進化生物学上、「現生トカゲが肋骨呼吸を最初に獲得した動物である」という意味に解してはならない。
現生トカゲは長い進化史を経た現在の動物であり、祖先型そのものではない。
したがって、学術的には、トカゲ類は、肋骨運動による吸引換気と軸性運動との関係を観察できる現生脊椎動物であると位置づけるのが妥当である。
その価値は「原始的だから」ではない。
肋骨が、肺換気に使われ、歩行時にも運動し、胸椎と関節し、肩甲骨がその胸郭上に位置するという複数の構造的条件が、同一の身体に明瞭に現れていることにある。
陸脊法がトカゲを対象とする理由も、ここに求めることができる。
結語
トカゲ類の肺換気では、肋間筋を含む体幹筋群によって肋骨が運動し、胸郭容積が変化する。更に肋骨は換気時だけでなく歩行時にも三次元的に運動し、脊柱の側方運動および四肢運動と関係することが実験的に示されている。
したがって、トカゲの胸郭を理解するには、呼吸と運動を別々に扱うだけでは不十分である。
胸椎が動く。肋骨が動く。四肢が動く。そして、それらの運動が同一の身体構造上で成立する。
陸脊法が対象とするのは、この構造的関係である。
「肋骨を使って呼吸する身体」を学ぶことは、単に特殊な呼吸法を学ぶことではない。
肋骨を、肺を囲む静的な骨格から、呼吸と移動の双方に参加する運動構造として捉え直すこと。
そこから初めて、トカゲという陸上脊椎動物の身体を、人間の身体操作へどのように読み替えることができるのかという、陸脊法固有の研究課題が立ち上がるのです。
フィジカリストOuJi
身躰構造學研究所
【PDF版について】
本研究論考は、Web上で全文を公開するとともに、
保存・印刷・閲覧用のPDF版をご用意しています。
PDF版では、研究論考としての体裁を整え、
発行番号・発行日を付した固定版として収録しています。
▶︎ 研究論考 PDF版を読む・ダウンロードする