日本立腰

 
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いきなり「日本人の身体能力が世界最高だった」
と言われてもピンと来ないかも知れませんので、
その“圧倒的証拠”のいくつかをご紹介しましょう。
 
【証拠①】<米俵5俵担ぎ>
 
右の写真をご覧ください。
 
これは「五俵担ぎ」と言って有名な写真ですが、
 
明治期の女性が
一俵60kgある米俵を5つ担いでいる姿です。
 
米俵5つと言うと、ぜんぶで「300kg」です!
 
当時の日本人女性の平均身長は、140㎝程度。
 
そんな小柄な女性が、
米俵を5つ易々と担いで歩いていたのです。
 
これは、特別な人だけができたわけではなくて、
江戸時代ではこれがスタンダートで、
こんなことは日常茶飯事だったのです。
 
この写真以外にも、明治や昭和初期でも、
女性が普通に米俵をいくつも担いでいる写真は沢山ありますし、
 
米俵だけではなく、大きなタライの中に子供を数人入れて
それを頭の上に乗せて歩いている女性の姿もあります。
 
300kgの物を担いで運ぶことが日常だなんて、
 現代の女性ではまずあり得ないことですね。
 
当時は、当然、「筋トレ」なんてありません
 
筋トレをして鍛えて300kgを担ぐことが
できるようになったわけではなくて、
日常の仕事として普通にやっていたんですね。
 
300kgとなると、ウエイトリフティングをやっている
筋骨隆々の男性でもできることじゃない。
 
そんなことを、140㎝足らずの女性が
普通にヒョイと担いでいたんですね。
 
だからこれは“筋力”ではなく、
“身のこなし=身体の使い方”の賜物なんですね。
 
【証拠②】<飛脚(早足)>
 
まず、“飛脚”という発想に到ったのが日本人だけです。
 
走って手紙を届けていたのです。
 
西洋は馬車を使いました。
 
日本人は自分たちが走った方が早いし、
 
それが楽だからこそ、
「飛脚」という文化が生まれたのです。
 
走って手紙を届けるというのは、
今で言うとLINEスタンプを
走って届けていたようなものです。笑
 
しかも飛脚たちが走った距離は半端じゃなく、
 
記録されているタイムを42.195㎞に換算すると、
現代のマラソンのオリンピック金メダリストよりも
 遥かに早かったりするのです。
 
それほどの速さで駆け抜けた早足・飛脚の
身体能力はとんでもなく凄まじかったのです。
 
【証拠③】<人力車夫・駕籠屋>
 
江戸時代には駕籠屋さんもいました。
 
今で言うタクシーですね。
 
幕末から明治にかけては、
人力車も誕生しました。
 
駕籠屋は、2人で人を担いで
相当な距離を駆け抜けたのです。
 
人力車夫に関しては、
 
明治期に日本を訪れた
ドイツ人医師の
エルヴィン・フォン・ベルツが
 
『ベルツの日記』に記しています。
 
 
ベルツがある日東京から110㎞離れた
日光に旅行をした時のエピソード。
 
当時、道中馬を6回乗り換えて、
14時間かけてやっと辿り着いたと言います。
 
しかし、2度目に行った際に人力車を使ってみたら、
 
14時間半で着いてしまったと言います。
 
しかも!その間は一人の人力車夫が交代無しで
人力車を引き続けたと言います。
 
いかにすごいか、分かりますか?
 
馬でさえ、6回乗り換えないと、
走り切れなかった距離を、
 
たった1人で、馬よりたった30分遅いだけという
圧倒的なスピードとスタミナで
東京〜日光間を駆け抜けたのです。
 
まさに、馬より6倍の馬力ということです。
 
わずか150年前、100年前でさえ、
これが日本人の身体能力の
スタンダードだったのです。
 
ドイツ人のベルツはこの日本人の
圧倒的な身体能力に驚きを隠せなかったわけですが、
 
現代では例えばサッカーで言うと
日本は戦術や技術もさることながら、
フィジカルにおいてもドイツには遠く及ばないですよね?
 
そのドイツ人であるベルツが、
明治期には「あり得ない!」と驚いていたわけです。
 
江戸時代や明治時代の日本人が
サッカーをやったら、ドイツを圧倒的に凌駕してでしょうし、
 
もし江戸時代の日本人が現代に来てサッカーをやったら、
W杯で優勝するのは間違いないほどのフィジカルだったのです。
 
【証拠④】<神足歩行術>
 
「飛脚はすごかった」という話をしましたが、
その飛脚より圧倒的に早い集団がいたのをご存知ですか?
 
それが、“神足歩行術(しんそくほこうじゅつ)”。
 
まさに“神”の“足”と書くぐらいに早かった。
 
どれぐらい早かったか?
 
その圧倒的エピソードが、
神足歩行術免許皆伝者であった
江戸末期に活躍した「竹川竹斎」という
伊勢の豪商人のエピソードです。
 
竹斎は、ある時、急ぎで
伊勢から東京へ手紙を届ける
用事ができた。
 
だから、飛脚を呼んだんですね。
 
で、「どれくらいで届けられる?」
と聞いたわけです。
 
すると、その飛脚は自信満々に
 
「3日で届けてみせましょう!」
 
と言ったんですね。
 
すると竹斎はこう答えました。
 
「なんだ、そうか。
 それなら私が行った方が早い」
 
と。
 
 
そして、本当に竹斎は
伊勢から東京へ自分で
手紙を届けて帰ってきたのです。
 
どれぐらいで届けたと思いますか?
 
なんと、伊勢〜東京間を、
3日で往復したと言うのです。
 
つまり、たった1日半で
伊勢から東京へ手紙を届けてしまった。
 
それは竹斎にとっては
すごいことでもなんでもなく、
普通のことだったようです。
 
 
 
この神足歩行術は、元々は
伊賀の忍者に伝わる術技だそうですが、
 
竹斎はその神足歩行術を伝承し、
自分でも活用したし、
門下生もいて、神足歩行術を
伝授していたそうです。
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