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| 立腰体操理論・序説 |
――身躰の根源に立ち返る身躰実践体系――
はじめに
立腰体操は、単なる健康体操でも、運動指導法でもない。
それは、人間の身躰を「どのように理解するか」という根本的な問いから生まれた、思想を持つ身体実践体系である。
本序説では、立腰体操が依拠する身躰観・構造観・運動観を整理し、
なぜこの体操が従来の体操・運動法と本質的に異なるのかを理論的に明らかにする。
| 1. 「立腰」という概念の再定義 |
一般に「立腰」は、「腰を立てる」「姿勢を正す」
といった身体操作として理解されがちである。
しかし、立腰体操における「立腰」は、身体部位としての腰を意味するものではない。
「腰」とは、日本語において「体の要」と表現される語であり、
この「要」は、根源・本質・由来・本源・淵源を意味する。
また「立つ」という語は、直立動作のみならず、
• 成立する
• 自立する
• 立ち返る
といった意味を併せ持つ。
したがって「立腰」とは、
身躰の根源に立ち返り、そこに成立すること
を意味する概念である。
2. 自由と身躰 ーー体操における主体性 |
立腰体操において重視されるのは、「自分で行う」という主体性である。
体操は観察する対象ではなく、
行為者が自らの身躰に対して行う実践である。
「自由」という語は、「自(自分)」と「由(根源・随う)」から成る。
すなわち自由とは、そもそもの自分に随うことである。
そもそもの自分とは、この身躰の構造そのものである。
立腰体操は、外的規範を身躰に強いる体操ではない。
身躰の構造と根源に随うことで、結果として自由が立ち現れる体操である。
| 3. 身躰構造の根源的理解 |
人体は、部分の集合体ではない。
骨・筋・関節・血管・神経は、互いに分離しながらも連続し、
「隙間」を保つことで機能している。
骨は筋の中に浮き、
血液は血管と分離し、
細胞同士は癒着せず、適切な距離を保っている。
この「分離と連続」「距離と隙間」こそが、
身躰が本来備えている根源構造である。
立腰体操は、この構造を回復させるため、
固定・分断・局所操作を原理としない。
| 4. 互動・揺動・波動という運動原理 |
身躰をさらにミクロに観察すると、
細胞は揺れ、滑り、波動的に動いている。
分子はブラウン運動を行い、
原子は原子核と電子の間に大きな空間を持つ。
すなわち、
身躰の最小単位は、常に揺れ、空間を内包している。
立腰体操が互動・揺動・摩動といった運動原理を重視するのは、
この根源構造に随うためである。
| 5. 「すこやか」という健康概念 |
日本語における「健康」は、「すこやか」と表現されてきた。
「すこやか」は
「すく(空く・透く・梳く)」という語源を持ち、
もつれがなく、風通しがよく、構造が整っている状態を指す。
立腰体操が目指すのは、
筋力の増強でも、矯正でもなく、
身躰をすこやかな相(ありさま)へ甦生させることである。
| 6. 立腰体操の位置付け |
立腰体操は、
• 身躰の根源に立ち返り
• 隙間と揺動を回復し
• 自由とすこやかさを甦生させる
ことを目的とする、思想的身躰実践体系である。
それは教育でも訓練でもなく、
人間本来の身躰の在り方を思い出させるための方法論である。
立腰体操とは、
身体を「つくる」ための体操ではない。
身体を「戻す」ための体操である。
身躰の根源に立ち返るとき、
人は無理なく立ち、無理なく動き、
無理なく生き始める。
これが、立腰体操の理論的出発点である。
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