スクワットと腿屈伸法の構造的差異
―運動種目の有益性ではなく「それを遂行する身躰」を問う

要旨

 スクワットは、下肢筋力の向上を目的とする代表的な運動の一つとして、スポーツトレーニング、フィットネス、身体教育等の領域で広く実施されている。
 しかし、同じ「スクワット」という運動を行っていても、その結果は必ずしも一様ではない。
 スクワットによって身躰能力が向上し、競技パフォーマンスの向上につながる者がいる一方、膝部や腰部等への負担が増大し、疼痛や運動機能の低下を経験する者も存在する。
 この差異を、スクワットという運動種目そのものの「良し悪し」のみに帰属させることは適切ではない。
 重要なのは、スクワットを行っているか否かではなく、その人物がどのような身躰運動によってスクワットを成立させているかという問題である。
 身躰構造學では、この問題を「腿屈伸」という観点から捉える。
 即ち、スクワット運動において問われるべきなのは、外形的に身体を上下させることではなく、
 身躰構造に従って「腿を屈し、腿を伸ばす」という運動が成立しているかという点である。
 本稿では、スクワットと腿屈伸を同一視せず、「運動課題」と「それを成立させる身躰運動」という二つの階層から両者の関係を整理する。
 その上で、身躰構造通りにスクワット運動を遂行するための基礎的方法として「腿屈伸法」を位置づける。

キーワード: スクワット、腿屈伸、腿屈伸法、身躰構造學、身体運動、膝関節、股関節、運動構造、トレーニング


1.「スクワットは身体に良い」という問いの問題

 スクワットについては、「身体に良い」「膝に悪い」「腰を痛める」「競技力向上に有効である」といった、様々な評価が存在する。
 しかし、ここには一つの問題がある。それは、運動種目と、その運動を実際に遂行する身躰とが混同されていることである。
 スクワットという名称が同じであっても、すべての人間が同一の身体運動を行っているとは限らない。
 外形上、立位から身体を沈め、再び立ち上がるという運動が成立していたとしても、その内部でどの部位がどのように運動し、どこに負荷が集中し、身体各部がどのような関係を形成しているかは異なり得る。
 したがって、「スクワットは身体に良いか、悪いか」という問いだけでは不十分である。
 より重要なのは、「その人物は、どのような身躰運動によってスクワットを行っているのか」という問いである。


2.同じスクワットでも結果が異なる

 スクワットによって身躰能力が向上する人物がいる。
 一方で、スクワットを継続することによって膝部や腰部に問題を生じる人物もいる。
 この事実を単純化すれば、「スクワットは良い」、或いは、「スクワットは悪い」という二者択一になりやすい。
 しかし、同一種目から異なる結果が生じるのであれば、検討すべき対象は種目そのものだけではない。
 その種目を遂行している身躰側の条件
を検討する必要がある。
 人間の身躰構造。関節間の運動関係。骨格の運動。荷重の受け方。屈曲・伸展の成立過程。これらが異なれば、外形上同じスクワットであっても、その身体的意味は同じではない。


3.スクワットと腿屈伸は同義ではない

 ここで、身躰構造學では「スクワット」と「腿屈伸」を区別する。
 スクワットとは、一つの運動課題あるいは運動形式である。
 これに対して腿屈伸とは、腿を屈し、腿を伸ばすという身躰運動そのものを指す。
 この区別は重要である。
 身体を沈めて再び立ち上がれば、外形的にはスクワットになる。しかし、その運動が身躰構造通りの腿屈伸によって成立しているとは限らない。
 即ち、スクワットをしていることと、腿屈伸ができていることは同じではない。スクワットという外形の内部で、どのような身躰運動が起こっているのか。身躰構造學が問題とするのは、こちらである。


4.「正しいフォーム」だけでは捉えられない問題

 一般的なスクワット指導では、足幅、つま先の向き、膝の位置、背部の形状、しゃがむ深さ、重心位置など、外形的なフォームが評価されることが多い。これらは運動を観察するための重要な情報である。
 しかし、外形が一定の基準を満たしていることと、内部の身躰運動が適切に成立していることは必ずしも同義ではない。
 同じ外形を、異なる身体操作によってつくることが可能だからである。
 したがって、「正しい形をつくること」と「身躰構造通りに運動すること」を区別する必要がある。
 腿屈伸法が対象とするのは、単なる外形的フォームの修正ではない。その外形を生み出している身躰内部の運動構造である。


5.身躰構造通りに「腿を屈する」とは何か

 スクワットを一般的な関節運動として記述すれば、股関節、膝関節、足関節等の屈曲・伸展として説明することができる。
 しかし、身躰構造學では、これらを個別の関節運動としてのみ扱わない。
 人間の下肢は、複数の骨格が連関して運動する構造をもつ。
 したがって、一部位だけを独立して動かそうとすれば、別部位への過剰な負担や代償運動が生じる可能性がある。
 腿を屈するとは、単に「膝を曲げる」ことではない。同様に、腿を伸ばすとは、単に「膝を伸ばす」ことでもない。
 腿屈伸とは、身躰各部の構造的関係の中で成立する全体運動として捉える必要がある。


6.スクワットによる障害を「種目の罪」にしない

 スクワットによって膝や腰を傷めた人物がいたとしても、その事実のみから、「スクワットは身体に悪い」と結論することはできない。反対に、スクワットによって競技力が向上した人物がいるからといって、「スクワットをすれば誰でも身体能力が向上する」とも言えない。
 重要なのは、どのような身躰で、そのスクワットを行ったのかである。
 運動種目そのものへ有害性・有益性を帰属させる前に、その運動を成立させている身体条件を検討する。
 これはスクワットに限らず、身体運動を評価する上で重要な視点となる。


7.腿屈伸法とは何か

 身躰構造學研究所では、身躰構造に従った腿の屈伸運動を習得するための方法を、「腿屈伸法」と呼ぶ。
 腿屈伸法は、スクワットという種目の一変種ではない。また、より効率的に筋肉へ負荷を与えるためのトレーニング技法でもない。
 その目的は、人間が身躰構造通りに「腿を屈し、腿を伸ばす」ことのできる身体運動を獲得することにある。
 その結果として、スクワットという運動課題もまた、身躰構造に従って遂行することが可能になる。
 この意味において、腿屈伸法は「スクワットをするための方法」である以前に、「スクワットを成立させる身躰をつくる方法」である。


8.「スクワットを教える」のではなく「スクワットできる身躰を養成する」

 ここには、指導思想上の大きな違いがある。
 一般的なスクワット指導では、「どのようにスクワットを行うか」が中心となる。これに対して腿屈伸法では、「どのような身躰であれば、身躰構造通りのスクワットが自然に成立するのか」を問う。
 つまり、スクワットという動作を直接修正するだけではない。その動作を生み出している身躰そのものへ遡る。
 これは、動作を教えることと、動作できる身躰を養成することの違いである。


9.スクワットの価値は「種目名」では決まらない

 以上から、スクワットの価値を考える際には、「スクワットをしているか」という情報だけでは不十分である。
 問われるべきなのは、そのスクワットが、どのような身躰運動によって成立しているかである。
 身躰構造に従って腿屈伸が成立しているのであれば、スクワットは身躰能力を高める有益な運動となり得る。
 一方、身躰構造から逸脱した運動によって外形だけを成立させれば、一部の組織へ負担を集中させる可能性がある。
 したがって、運動種目の名称ではなく、運動を成立させている構造を見る。これが身躰構造學におけるスクワット評価の基本的立場となる。


結語

スクワットを、身躰構造へ還す

 スクワットが身体に良いのか。悪いのか。
 この問いに、一律の答えを与えることはできない。
 なぜなら、同じスクワットという名称のもとで、異なる身躰運動が行われ得るからである。
 問題は、スクワットという種目そのものではない。問題となるのは、その人物が、身躰構造通りに腿を屈し、腿を伸ばすことができているかである。
 スクワットをして身躰能力が向上する人物と、膝や腰に問題を生じる人物との差異を考えるためには、外形的フォームのさらに内部へ入らなければならない。
 そこにあるのが、腿屈伸という身躰運動である。
 そして、その腿屈伸を身躰構造に従って獲得するために体系化された方法が、腿屈伸法である。
 したがって腿屈伸法とは、単に「別のスクワット」を教える方法ではない。人間が、身躰構造通りにスクワット運動を遂行できるようになるための方法である。
 スクワットを否定するのではない。スクワットを、筋力だけの問題にも還元しない。スクワットを、身躰構造へ還す。そのための方法論として、腿屈伸法は位置づけられるのである。

身躰構造學研究所
フィジカリストOuJi


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