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がんばる立腰から、がんばらない立腰へ。 しんどい立腰から、気持ちいい立腰に。 筋肉でつくる立腰から、骨格でつくる立腰へ。 | ||
JTA式立腰=タテゴシ |
従来の「立腰」と、
日本立腰協会(JTA)式の
「立腰」は、何が違うのかについて
お話します。
日本立腰協会(JTA)では、
「立腰(りつよう/タテゴシ」を
トレーニングの根幹に据えています。
「立腰教育」というカタチで、
「立腰」を初めて世に提唱し、
唱道したのは、
森信三先生です。
今でも「立腰教育」を取り入れている
幼稚園や小学校などがあります。
目指すところは同じですが、
JTAは、その流れとは違うところから、
「立腰」を唱道しています。
私たちは、もとは「整体師」であり、
「トレーナー」です。
“整体・トレーニング”という観点から、
「立腰」を唱道するのが、JTAです。
森信三先生の流れは、
「教育」という趣きが強い。
我々JTAは、
「立腰整体」「立腰体操」
「立腰療法」
「立腰トレーニング」
という立場が強いのです。
ですが、入り口は違えど、
「身体教育」という観点では同じです。
では、従来の「立腰」と、
JTA式の「立腰」は、何が違うか。
従来の「立腰」は、
「腰(骨)を立てる」ことです。
JTAの「立腰」は、
「腰(骨)が立つ」ことです。
「腰を立てる」と「腰が立つ」は、
似ているようで大違いです。
ムリに腰を立てるのではなく、
腰が自ずから立つようになるのが、
もちろん、森信三先生が提唱された「立腰」も、
従来の「立腰」も、
無理やり型にはめて
腰を立てるものではありません。
腰骨を立てて、肩の力を抜くことを
提唱しています。
しかし、それができない人が多いのです。
これは長年、整体・療術という世界に
身を置いてきたからこそ言えることです。
カラダがひどく歪み、
腰痛や肩こり、頭痛などに
悩まされているような人
(ここでは敢えて「身体弱者」と呼びます)にこそ、
「立腰」が必要なのに、
そういう人たちが、「立腰」できないのです。
だから、「立腰」と言えども、
デザインし直したのが、
JTA式の「立腰」と言えるでしょう。
従来の「立腰」という“伝統”に、
最新の運動科学や脳科学、整体学という観点から
新たな工夫を施したのが、
JTA式「立腰」です。
言わば、
“伝統(Tradition)”と
“革新(Innovation)”を融合させたのが、
JTA式「立腰」です。
こんなことを言うと
森信三先生を慕う方々から
お叱りを受けるかもしれませんが、
森信三先生が唱道され、
ご尽力された「立腰」を、
その伝統を守りながらも、
革新・進化させ、
「立腰」を、誰でも(身体弱者でも)
できる体操法、トレーニング法に
仕立て直したのが、JTA式「立腰」です。
「立腰」が大事なのは、
言うまでもありません。
でも、大事だからこそ、
より多くの人に受け入れてもらえるように、
デザインし直すことが必要なのです。
国民総医療費が40兆円を超える
今の日本に最も必要なのが
「立腰」である、と私は思っています。
だからこそ、それを、
一部の身体強者のみならず、
老若男女を問わず、
誰にもできて、
受け入れられやすいものに
したかったのです。
「伝統」を守りながら、
さらに「性能」を上げて、
新たな「価値」を生み出す。
これを「リノベーション(renovation)」と言いますが、
JTAでは
この「リノベーション」を大切にしています。
まったく新しい価値を創造する
「イノベーション」ではなくて、
「伝統」を、
さらにより良いものに創り変えるのが、
「リノベーション」です。
伝統(Tradition)と革新(innovation)の融合を、
ひと言で言うと「リノベーション」になります。
このままでは、「立腰」という
日本の“伝統”が消えてしまいます。
「立腰」は、日本文化の本質です。
「立腰」という伝統が消えてなくなれば、
日本文化がさらに廃れてしまいます。
だから、昔の日本人が
当たり前のように大切にしてきた
“伝統”を、さらに良いものへと
創り変えようという発想を、
JTAは大切にしています。
また、一個人一個人に目を転じると、
JTA式「立腰」は、
あなたを「リノベート」します。
あなた自身をさらに良いものへと、
あなたの価値をさらに高めるのです。
あなたを全く違うものへ
変えてしまうのではありません。
あくまでも、あなたという「伝統(個性)」を
守りながら、さらに魅力あるものへと
創り変えるのが、JTA式「立腰」体操です。
話が大分逸れてしまいましたが、
従来の「立腰」を、
さらにより良いものへと
改良したのがJTA式「立腰」です。
その最大の改良点の1つが、
「腰を立てる」ではなく、
「腰が立つ」にようにした所です。
まずココが違います。
先ほども言ったように、
「腰を立てる」と「腰が立つ」は、
似ているようで、大きく違います。
「腰を立てる」と言った時点で、
腰は自分から切り離された“客体”となります。
これを、「他動詞的発想」と言います。
『腰が立つ』というのは「自動詞的発想」で、
このとき腰は自分自身であり、“主体”となります。
これは、何にでも使える発想です。
「対立」ではなく「調和」の方向、
「拘束」ではなく「自由」の方向に向かうには、
「自動詞的発想」が必要です。
「子供を育てる」というのは「他動詞的発想」です。
一方、「子供が育つ」ようにするには
どうしたらいいかを考え、実行するのが
「自動詞的発想」です。
この辺りのさらに詳しいことは、
「腰の王子☆ゆうちゃんの立腰体操ワンデイセミナ」でお伝えしています。
あくまでも「自発性」を促すのが、
JTA式「立腰」らしさなのです。
だから、指導中、
「ハイ、腰を立てましょう!」とは
ただのひと言も言いません。
腰が自ずから立つように仕向けるのが
JTA式「立腰」であり、指導者の仕事です。
そして、
「立腰しなくちゃ(have to)」と思わなくても、
自然と「立腰したくなる(want to)」のが、
JTA式「立腰」です。
さらに細かく言うと、「立腰」には、
簡単に言えば、
「硬い立腰」と「柔らかい立腰」があるということです。
擬態語で表現すると、
「ガチ立腰」と「ユル立腰」です。
JTAが唱道する「立腰」は、
「解放的立腰=ユル立腰」です。
「ガチ立腰」は、全身をガチガチに固くします。
「ユル立腰」は、全身をユルユルに柔らかくします。
「ガチ立腰」で代表的な例が、
昔よくやられていた、
定規を背中に当てて、無理やり
姿勢を正すというようなやり方です。
これは非常に拘束的なやり方で、
(※専門的にはこれは「立腰」とは呼べませんが)
こういうやり方は、カラダのみならず、
ココロまでも強く縛られてしまいます。
身動きが取れなくなるのです。
ですから、
「固定的立腰」は、
「静的立腰」とも呼びます。
つまり、
カラダを動けなくしてしまう
方向のやり方です。
例えば、子どもが授業中、
じっとしていない。
じっとしていられない。
勉強はじっとしてやるもので、
じっとできないから勉強ができない。
だから、
「腰」という部位(要)を
固めて動かなくすることで、
ジッとしていられるように教育する。
ジッとしていられるからこそ、
勉強に集中できる。
そういう発想が、「固定的立腰」です。
しかし、「解放的立腰」を唱道する
JTAからすると、
子どもはジッとしていられないものだ。
それが自然だ。
と考えます。
「静的立腰」をさせて、
子どもを固めてしまうと、
その子は学校の「勉強」は
するようになるかもしれませんが、
自ら自発的に創造していく力は
伸びにくくなります。
その子の持つ、本当のチカラが
眠ったままになります。
これは、新たな価値を創造していく
必要のあるこれからの時代において、
不利になるでしょう。
「立腰」にも、「正しい立腰」と
「間違った立腰(立腰もどき)」があるのです。
本当は、
「間違った立腰」を
「立腰」と呼んではいけないのですが、
注意を促すために、
敢えてこのように警鐘しています。
「立腰」という言葉と方法が
日本中に広まってくれることを祈念していますが、
同時に、間違った方法が広まってはいけない
と思い、この活動をしています。
本当に「正しい方法」が広まる必要があります。
「正しい立腰」=「解放的立腰」は、
自らの身心の縛りを解放し、
自由で自発的に動ける姿勢を養います。
「腰」というカラダの要(一点)を固めるのではなく、
要だからこそ、
自在に動ける「腰」の状態をつくります。
だから、
「解放的立腰」を、
別名「動的立腰」とも呼びます。
従来のやり方(固定的立腰)は、
「腰」を固めて、
手足を自由に動かすというやり方ですが、
JTA式(解放的立腰・動的立腰)は、
あくまでも「腰」という
“運動体”としての機能を大切にし、
「腰を固める」ということをしません。
いつでも、前後左右斜め、上・下にも、
パッと自在に動ける腰の構え、
それが「動的立腰」です。
見た目は静かに止まっているように見えても、
その内実は、高速回転するコマの如く、
フルスピンで回転している、
そんなイメージです。
子どもの頃、
ホウキを手の平の上に立たせて
遊んだ人も多いと思いますが、
(私は今でも遊んでいます。笑)
手の平にホウキを立たせるのが
「動的立腰」だとすれば、
そのホウキをガチッと動かないように
掴んでしまうのが、「静的立腰」と言えます。
「動的立腰(ホウキ)」は、重心さえ追っていれば、
力を入れなくてもマッスグにピターッと
キレイに立ちます。
でも、前後左右斜めと、
いつでも動くことができます。
「静的立腰(ホウキ)」は、
立たせるのに、力を入れています。
ホウキの先を力で握ることで、
中心(重心)が動かなくしています。
力んでいるから苦しく、
身動きも取れません。
本当に正しい姿勢=カラダの構えは、
自分を解放し、自由に動ける構えです。
これは武術でもスポーツでも
芸事でも何でも、
人間であれば、すべて同じです。
ココまでの話をまとめると、
①「腰を立てる」のではなく、
自然と「腰が立つ」ようになる。
②徹底的に「解放的(柔らかい)立腰」が
できるようになる。
さらにもう1つ加えると、
③めっちゃ楽しく、氣持ちよく
「正しい立腰」ができてしまう。
以上3点が、
JTA式「立腰」の大きな特長と言えます。
私個人の夢としては、
『2025年までに、
日本人全員が「立腰」を』
というスローガンを掲げています。
かつて、スティーブ・ジョブズが
「10年後に一人に
1台のパソコンを持つようになる」
と言ったとき、周りのみんなは
「あいつはバカだ」と嘲笑ったそうです。
今、私がこの「日本立腰協会」を立ち上げた2014年に、
「10年後、日本人一人一人が
と言ったら、同じように嘲笑う人もいるでしょう。
しかし、
私はこれを一生の仕事のつもりで、やり抜きます。
そして、最終的には、
「立腰」という言葉と概念自体が消えるまで、
やり抜きたい。
「立腰」が「歯磨き」や「入浴」と同じように、
日本人の当たり前の習慣として根づくように、
やっていきたいとおもいます。
奇しくも、「立腰教育」の生みの親、
森信三先生は、生前、
「日本人が立ち直るのは、
2025年からだろう。」
と語られています。
私はこの事実を知ったとき、
絶対にやってやろう!
と、身が震える思いをしました。
「日本列島タテゴシ化計画」。
今から10年後。
「立腰」をどこまで浸透させられているか、
ぜひともご期待ください。
そして、あなたも、日本人の一人として、
ご協力いただけたら幸いです。
【人生は、「立腰」1つで変えられる!】
日本立腰協会会長 腰の王子☆ゆうちゃん=河上雄太